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私たちの世界が今求めている言葉はそれである。「止まれ」である。「落ち着け」である。「浮き足立つな」である。停止することが決定的な変化を意味するような局面というものがある。自分たちがこれまで使ってきた度量衡や価値観や効果的なはずのウェポンが無効になる局面になったときには、「どうしていいかわからない」と素直に認めるところからしか話は始まらない。
2016年3月13日の内田樹さんのテクスト「日本はこれからどこへ行くのか」を紹介する。
どおぞ。
たぶんこういうことなのだ。商品としての「ニューズ」を右から左に機械的に流しているうちに、彼らはある定型にあてはまる「変化」しか「変化」として認知できないようになったのである。「半年ごとにイノベーションを達成すること」を従業員に課したせいで経営危機に陥ったある大手家電メーカーのことを私は思い出す。イノベーションというのは、ふつうはそれまでのビジネスモデルを劇的に変えてしまうせいで、既存モデルの受益者たちがいきなり路頭に迷うような劇的変化のことを言う。「半年ごとのイノベーション」で収益増と株価高をめざした経営者が思い描いたのは「飼い慣らされたイノベーション」のことであって、その語の本来の意味での「イノベーション」ではない。だから、業界全体を地殻変動的に襲った「野生のイノベーション」には対応することができなかったのである。
メディアも同じである。「ニューズ」を売り買いしているうちに、メディア業界の消長という「本質的な変化」についてはこれを「ニューズ」としてとらえ、報道することができなくなってしまったのである。
取り散らかった話をまとめよう。
私が言いたいことの第一は、グローバル資本主義はその末期段階を迎えたということである。それを象徴する最大の出来事は、アメリカが主導してきたグローバリズムが、それとは価値観を異にする「もう一つのグローバル共同体」に衝突して、地球を覆い尽くすことが不可能になったことである(「地球を覆い尽くすことができないグローバリズム」というのは形容矛盾である)。
「もう一つのグローバル共同体」とはもちろんイスラーム共同体のことである。宗教、言語、生活規範、食文化、服飾規範などを共有し、モロッコからインドネシアに至る16億人から成るグローバル共同体は1300年前から存在した。けれども、それが政治単位として前景化することは近代以降にはなかった。東西対立の時代にも、南北問題の時代にもなかった。なかったから「ないもの」として欧米はその存在を忘れていた。けれども、それがグローバル化の加速度的な進行によって、アメリカ標準によるグローバル化が包摂できない「異物」として不意に前景化してきたのである。パレスチナ、アフガニスタン、湾岸戦争、イラク戦争、タリバン、シリア内戦、ウイグル独立運動、イスラーム国・・・国際社会における解決不能問題は、それが欧米国家の手持ちの政治問題解決ウェポン(金、軍事力、民主主義)では理解もできないし、操作もできない因子によって構成されていることをあきらかにした。
この二つのグローバル共同体の間の非妥協的な対面状況がもたらしている直接的な政治的現実は戦争とテロである。戦争とテロを停止させるためには、とりあえず双方が理非はさておき、今まで「よかれ」と思ってしてきたことを一時的に止めるしかない。それは問題の解決ではないし、矛盾の止揚でもない。ただの「停止」である。けれども、ものには順序がある。まず「Cease fire」を宣告して、引き金から指を離さなければならない。
私たちの世界が今求めている言葉はそれである。「止まれ」である。「落ち着け」である。「浮き足立つな」である。停止することが決定的な変化を意味するような局面というものがある。自分たちがこれまで使ってきた度量衡や価値観や効果的なはずのウェポンが無効になる局面になったときには、「どうしていいかわからない」と素直に認めるところからしか話は始まらない。
グローバル資本主義は「停止」局面を迎えた。何度も言うが、私はシステムの理非について述べているのではない。停まるべきときには停まった方がいい、と言っているだけである。「停めろというなら対案を出せ」と言われても、私にはそんなものはない。すべてのステイクホルダーが納得できる対案が出るまで戦い続けるという人たちはどちらかが(あるいは双方が)死ぬまで戦いを止めることができないだろう。
それが世界史的文脈における「停止要請」の実相である。いったん時計の針を止める。そして、「とりあえずこれについては合意できる」というところまで時計の針を戻す。そしてそこから「やり直す」しかない。
国内的にも私たちがするべきことは立ち止まることである。「成長だ、変化だ、イノベーションだ、リセットだ」と喚き散らしながら、いったいこれまで何を作り上げ、何を壊して来たのか、その一つ一つについて冷静な点検を行うべき時が来ている。