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日本はアメリカの属国なわけですから、アメリカからの自立を果たすということが国家戦略としては最初に来るわけですが、中国がその動きをどう評価して、どう対応するのかがわからない。
2019年1月6日の内田樹さんの論考「東アジア共同体について」をご紹介する。
どおぞ。
鳩山・木村鼎談本「第四章」から。東アジア共同体について話した部分を抜粋。
東アジア共同体が、想像できる範囲での最適解だということは間違いないと思います。でも、関与するファクターが多過ぎる。われわれが何かをしたいと思っても、どういう手立てがあるのか、それがどういうプロセスで実現できるのかの予測が立たない。いちばん大きいファクターは中国です。
日本はアメリカの属国なわけですから、アメリカからの自立を果たすということが国家戦略としては最初に来るわけですが、中国がその動きをどう評価して、どう対応するのかがわからない。アメリカの支配から脱して、国家主権を回復するという日本の国家戦略を、中国が肯定的に評価するのか、それとも新たな変数が増えるということで否定的に評価するのか。独立した日本を含んだ場合に、中国がどんな東アジア戦略を描くことになるのか、それがまだ見えないのです。
いまは「一帯一路」や「21世紀海洋シルクロード」の構想が示されています。あまり言う人がいませんけれど、これはきわめて「中国的」なアイディアだと僕は思っています。いずれも中国人の「中華思想」のコスモロジーにぴったりと合っている。
中国の基本的な趨勢はやはり「西漸」なのです。漢代から、中華皇帝は国内統一が済むと、まず西に向かった。張騫や李陵や霍去病や衛青といった、われわれが中学生くらいのときから学ぶ人たちのたどったコースはいまの「一帯一路」とほぼ重なります。明代には鄭和が大船団を組んで、東シナ海を南下して、マラッカ海峡を抜けて、インドから紅海を経て、東アフリカまで航海をしていますけれど、このコースは「21世紀海洋シルクロード」とほぼ重なる。つまり、中国人にとって、中華皇帝の「王化の光」が広がってゆくときのコスモロジカルな地図は紀元前から現代まで、ほとんど変わっていないということです。たぶん、中国人にとってこの動線にはある種のつよい訴求力がある。ですから、この動線の方向にさまざまな事業を展開して、AIIBで集めた資金を投下し、そこに国内の過剰生産した鉄鋼や過剰な労働力を投下して、完全雇用を実現するというのが中国の長期的な国家戦略なのだと思います。それについてはおそらく国民的な合意がある。
「西」へ向かう強い趨向性を持ちながら、その一方で、「東」については、中国人はコスモロジカルな強い物語を持っていない。朝鮮半島、日本列島、台湾というのは、王化の対象である「東夷」にカテゴライズされます。もともと「化外の地」ですから、中華皇帝が実効支配する土地ではない。現地の支配者に自治を委ね、彼らが帝国に敬意を払い、朝貢してくる限り、さまざまな贈り物を下賜する。「東」について、中国人は特に強い領土的野心を示したことがない。歴史的にそうなんです。
例えば、鄭和の船団は七回にわたって大航海をするわけですけれど、ついに一度も東へ向かわなかった。泉州から出港して、すぐに南下してしまう。東に三日ほどの旅程で、日本列島があるのですけれど、見向きもしない。
こういう「何かをしなかった」場合については、歴史家はあまり興味を示しませんけれど、僕はけっこう国のふるまい方の根幹にかかわる重要な情報が含まれていると思います。
その「東にはあまり興味がない」中国ですけれど、日本がアメリカから自立して、主権国家として独立した国際政治のプレイヤーとなった場合に、どう遇するつもりなのか。日本をイーブン・パートナーとして迎えるということがありうるのだろうか。これはにわかには予測しがたいということです。
東アジア諸国の中で、いちばんそのふるまいが予測可能なのは韓国だと思います。87年の民主化以降の韓国は、国としてどういうかたちをとるかについてかなり安定した戦略を持っていて、それは国民的合意を得ている。ですから、日韓連携が一番計画的には実行しやすいと思います。
日本と韓国が相互に信頼しうるパートナーになること、これは他のどの組み合わせよりも現実性が高いし、実現すれば東アジアを安定させるための大きなファクターになります。韓国の人口が六〇〇〇万人ですから、日本と合わせると二億近い人口をもつ、巨大な経済圏ができる。生産力も開発力も両国ともにレベルは高いですから、日韓が連携すれば、一気に政治的にも経済的にも世界的なプレイヤーになれる。
ですから、東アジア共同体を立ち上げる場合には、まず文化的に最も近い韓国との連携をうち固めることから始めるのが合理的だろうと僕は思います。日韓は言語的にも、宗教的にも、倫理観や美意識や、生活文化においても、非常に近いところにいます。この両国が緊密な信頼関係で結ばれれば、東アジアで中国と拮抗しうるだけの力を発揮することができる。
実際に、日韓では、草の根レベルでは市民間の文化的な連携は、すでに非常に深い。民主化以前ですと、朴正熙や全斗煥の時代の強権政治、開発独裁に対しては、違和感や嫌悪感を持っていた日本人が多かった。でも、民主化闘争以降、特にここ十年間くらいの韓国の民主制の成熟は眼を見張るほどです。朴槿恵政権を倒した一〇〇万人集会では、ついに一人の死者も出さなかった。軍隊が市民に発砲し、150人を超える死者を出した光州事件が1980年のことですから、韓国の民主主義の急速な成熟ぶりには驚かされます。民主主義の市民への根づきにおいて、日本はすでに韓国に抜かれたと思います。
どうして日本が民主主義の成熟度で韓国に抜かれたのかというと、市民がこの民主主義制度を自力で戦い取ったものではないからです。それは多くの日本人が実感していると思います。これまでずっと目下に見ていた韓国が、気がついてみたら、日本よりも民主主義において成熟していた。このあと、南北統一の問題でも、中国やアメリカとの交渉でも、文在寅大統領は安倍首相よりもはるかに精密な手際で、複雑な交渉を展開するだろうと思います。民主化闘争の中で生き延びてきた文大統領と、何の苦労もなく政権中枢に達した三世政治家では経験の厚みが違う。
しばらくは経済的には日本のほうが上かも知れませんが、このアドバンテージがどこまで続くか、もうわからない。日本がこれから東アジアである程度のプレゼンスを維持したいと思うなら、日韓が相互に尊敬し合えるイーブン・パートナーとなるのが最も合理的な解だと僕は思います。
このあいだ、アメリカから来た友人から聞きましたけれど、東アジアにおけるハブ空港は、もう成田じゃなくて、仁川になったそうです。カリフォルニアから日本に来るときの便数がずいぶん違うんだそうです。だから、まずアメリカから仁川に飛ぶ方が選択肢が多い。仁川からなら関空や成田への便がいい。だから、アメリカから日本に来るときに、まず仁川か北京に、というのがもう普通だと聞きました。
僕はここ数年毎年韓国に講演旅行に行っています。毎年、韓国のさまざまな団体が僕を呼んでくれる。いまの日韓関係は政治的には最悪ですけれど、それにもかかわらず、学ぶべきところは日本から学びたいという点では、韓国の人たちは非常に率直だし、貪欲なのです。でも、ひるがえって、日本人の側では、韓国から何を学ぶのか、何を受け入れるのか、どういうかたちで日韓連携を実現するのかという意欲を感じることはほとんどありません。韓国の日本文化吸収の努力と、日本人の韓国に対する無関心、この非対称性が結果的には韓国のアドバンテージをもたらしている。
まずは、日韓連携を優先すべきだと思います。この日韓連携を踏まえて、そこで培った人脈や実績を踏まえて、次の段階に進む。一歩ずつ東アジアを安定させる基盤を手作りしていって、それが最終的には東アジア共同体に結実すればよいと考えます。
僕が考えている東アジア共同体というのは、とりあえずは朝鮮半島と日本列島。ハブになるのが沖縄と台湾です。ロシア、中国、アメリカという三大国に対しては、東アジア共同体は、一定の独立性を持っていなきゃいけないだろうと思います。その中のどれかに与したときは、それは大国に飲み込まれてしまう。
昔から一つの大国と周辺の小国との外交は「合従」か「連衡」かです。アメリカがこれまで西太平洋で展開してきたのは「連衡」政策でした。日本、韓国、台湾とそれぞれ個別に軍事同盟を結んでいた。けれども、同盟国同士の横の連携はとらせない。「分断して統治せよ(divide and rule)」という大英帝国以来の植民地政策をここにも適用していたわけです。
論理的には、これに対してはわれわれ小国が選択する道は「合従」しかない。小国が縦方向に連携する。
この戦略の最大のメリットは、中国の「一帯一路」、や「海上シルクロード」構想と同じで、東アジア諸国では、誰でもそれが何を意味するかがわかるということです。「合従連衡」という四文字熟語の意味は、たぶん韓国でも台湾でも、あるいはベトナムでも理解されるはずです。いずこももとは漢字文化圏ですから。合従連衡は秦の始皇帝の時代の話ですけれど、その物語は東アジアでは基礎知識として共有されている。「合従と連衡」の二択と言えば、この地域の人たちには共同的な記憶として共有されている。「種族の記憶」として共有されている。ある政治的なアイディアが身体化しているかどうかということは、その実現可能性に深く関与すると思います。