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1985年1月5日、「転校生」のレンタルビデオ(VHS)を借りて、友だちといっしょに観た(まだDVDはなかったのだ)。
男の子と女の子の心が入れ替わってしまうドタバタ喜劇かな、と思っていた。
友だちと話しながら観ていたので、映画に集中できなくて、さしたる趣きもなく見終わった。
しかし、何か大切なものを見落としている、とても貴重な何かに気づいていない、という漠とした感覚に囚われた。
このままでは後悔する、と感じた。
そこで、翌日、レンタルビデオを返却する前に、もう一度「転校生」を一人で観た。
前日観ていたにもかかわらず、その繊細な抒情に胸が震えた。
当時(35年前)は「胸キュン」と言った。
朝守は25才、司法浪人であった。
最初と最後をモノクロで撮影した映像の美しさ。
「転校生」は尾道水道を撮影した8ミリ映像で始まる。
8ミリで撮られた尾道水道がいい。
タイトルロールで尾美としのりが神社の境内を歩いて行くカットで、木漏れ日の光と影のコントラストが美しい。
特異な設定の映画であるのに、音楽としてクラシックが使われていて、映像と見事に調和している。
まだ、大林宣彦映画の音楽を久石譲が担当する前の作品である。
尾美としのりは二枚目ではないし、小林聡美は美人ではないが、存在感のある役者であった。
ちなみに、尾美としのりの両親役は佐藤允と樹木希林、小林聡美の両親役は宍戸錠と入江若葉が演じた。
樹木希林の「おかん」ぶりが良かったなぁ。
斉藤一夫(尾美としのり)と斉藤一美(小林聡美)は幼なじみであったが、一美が転校して離ればなれになっていた。
一夫の中学校に一美が転校してきて二人は再会する。
二人は思春期の入り口の年齢だ。
一夫は、いたずら好きでやんちゃな男の子、一美は勉強ができる溌剌とした元気な女の子である。
ふたりは一緒に神社(御袖天満宮)の石段を転がり落ちたことで、心が入れ替わってしまう。
ここから画面はカラーに変わる。
「転校生」のいいところは、原因を詮索して、解決方法を探さないところである。
並みの映画だと「どうして二人は入れ替わってしまったのか」という理屈を調べようとし、「どうしたら元の二人にもどれるのか」を必死になって探し求めるという平凡で退屈な展開になってしまう。
「転校生」は、原因や解決はすっ飛ばして、「こうなってしまったんだから仕方ない」という前提で、二人に起こる出来事に焦点を当てていく。
一美のボーイフレンドが遊びに来る挿話がある。
一美(身体は一夫)は、一夫(身体は一美)に「はにかんでみて」と言う。
男の一夫(身体は一美)は「はにかんだ」ことがないので、顔をしかめてニヤけた表情しかできない。
最後に、絶望した一美(身体は一夫)が神社の階段から「身投げ」しようとするのを一夫(身体は一美)が助けようとして、二人はもう一度一緒に神社の石段を転がり落ちて、心が入れ替わって元に戻る。
大喜びした一美は一夫に抱きついて、キスする。
キスといっても、口づけというより、ブチュッと唇を押し付け合うような接吻である。
これが、尾道3部作で唯一のキスシーンである。
尾道3部作は、どれも胸が痛くなるような切ない恋物語であるが、キスシーンがないのだ。
一夫が父の仕事の関係で転校することになる。
一美が「転校生」としてやって来て、一夫が「転校生」として去って行くのだ。
引っ越しの日、一夫が8ミリ撮影機を持って自宅を出てくる。
画面はモノクロである。
一美が路上で待っている。
一美の白いワンピース姿が美しい。
ここで、一美は、一夫と顔を合わせて「はにかむ」のだ。
はにかんだ一美の表情がいい。
引っ越しトラックがゆっくりと走り出す。
一美が走って追いかける。
助手席に座った一夫が8ミリ撮影機で一美を撮影する。
画面が、8ミリで撮影した映像に切り替わる。
一所懸命に走ってきた一美が立ち止まって、一度背中を見せてから、振り返ったところで映像が切れる。
この終わり方は衝撃だった。
心をそっくり持ち去られたような「やるせなさ」を痛感した。
あまりにも切ないラストシーンであった。
こうして「転校生」は朝守の心に刻まれたのでありました。