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内田樹さんの「中国はこれからどうなるのか?」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.969

「辺境」において多少の民主化や自治を許容したくらいでは自分の政権基盤は揺るがないというほどの自信は習近平にはない

 

 

2021年1月22日の内田樹さんの論考「中国はこれからどうなるのか?」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

『月刊日本』の2021年2月号に中国についてのロングインタビューが掲載された。いつもの話だけれど、なかなかまとまっているので、掲載されたものの元になったロング・ヴァージョンをご高覧に供したい。

 

― いまや中国は米国に次ぐ大国であり、その動向は世界の行方を左右します。現在の中国をどう見ていますか。

 

内田 まず抑えておくべきことは、中国といっても一枚岩ではないということです。僕たちはどうしても国家には首尾一貫した戦略があって、それを計画的に実行していると考えがちです。でも、実際には、どの国にも複数の政治勢力、政治的意見が併存していて、その時々の内外の環境に適応して、合意形成しているわけです。

 事情は中国も同じだと思います。今、中国は東アジアできわめて強権的にふるまっていますけれど、それは中国共産党が長期的な国家戦略を着々と実施しているというより、共産党内部の意見対立や権力闘争を含む様々な国内的なファクターの複合的な効果として出てきたもので、中国人の「一般意志」の発動だと見なすべきではないと思います。

 僕たちには中国共産党の政策決定プロセスが見えません。党内の力関係がどうなっているか、どういう異論を調整した結果、このような政策が決定されたのか、そのプロセスがわかりません。それでも、「中国は一枚岩ではない」という前提は抑えておくべきだと思います。

 

― 中国には伝統的に徳治の「王道」と、権力支配の「覇道」という概念があります。内田さんはコロナ危機を機に中国が医療支援を中心とする王道的な路線によってプレゼンスを拡大するのではないかと予測していましたが、実際には人権弾圧など覇道的な路線を続けています。

 

内田 中国共産党の中でも「王道路線」と「覇道路線」のどちらを採るべきかについて、意見の対立はあると思います。中国が本気でアメリカに代わる世界の指導的地位を目指すならば、強権で他国をねじ伏せる覇道路線よりも、仁徳で他国を従わせる王道路線の方が長期的には利益が多い。覇道路線は短期的には効果的ですが、歴史が教える通り、恐怖で人を支配する体制は長くは続きません。

 僕はパンデミックを機に中国は王道路線に軸足を移すと予測していました。トランプのアメリカがグローバル・リーダーシップを失って迷走している間に、潤沢な医療資源を活用して、世界各国に医療支援を行い、「君子」国として、国際社会における評価を高めるだろうと思っていました。どう考えても、軍備を増強したり、周辺国を恫喝するよりも、医療支援の方が、国威向上の費用対効果は高いからです。でも、香港や新疆ウイグルの情勢を見る限り、中国は全面的に王道路線を採用する気はなさそうです。

 なぜ、アメリカからグローバル・リーダーシップを奪還する上で圧倒的に効果的な王道路線を採らずに、あえて国際社会の敵意と警戒心を掻き立てるような強硬な覇道路線を選んだのか? 

 理由として第一に考えられるのは、習近平の政権基盤がそれほど盤石ではないということです。香港の民主派弾圧は「一罰百戒」効果をめざして行われています。党中央に逆らって、民主化や自治を求める者には絶対に譲歩しないという強い意志を示している。でも、それは逆から見ると、これほどあからさまに非妥協的な姿勢を示さないと国内の民主化や自治のうねりを抑え込めなくなっているという党中央の「焦り」の表れと見ることもできます。「辺境」において多少の民主化や自治を許容したくらいでは自分の政権基盤は揺るがないというほどの自信は習近平にはないということです。

 尖閣領土問題の棚上げを提案した鄧小平も、ロシアとの国境問題を解決した胡錦涛も、「寸土も譲らず」と言い立てる国内のナショナリストの声を抑えることができた。そういうことができるくらいに政権基盤が安定していたということです。つまり、中国が王道路線を採るか覇道路線を採るかの決定には、時の政権基盤の安定性が関与してくるということです。政権基盤が安定していれば、自国民に対しても、他国に対しても、寛容で融和的な態度をとることができるが、不安定であればそういう選択肢はなくなる。国内の反対派を暴力的に弾圧し、隣国には強硬な態度をとるしかない。王道路線の方が国際政治上効果的であることがわかっているにもかかわらず、習近平があえて覇道路線を採るとしたら、それは習近平の政権基盤がそれほど強くないということを意味しているのかも知れません。

 

― 中国の内部事情を推測するだけでは、中国の動きを正確に予測することは難しいと思います。

 

内田 中国について確実にわかっていることが一つあります。それは人口動態です。これは客観的なデータが出ている。中国は2020年に総人口が14億人を突破しましたが、2027年には人口増がピークアウトして、それから急激な少子高齢化に突入します。2040年までには生産年齢人口が1億人減少します。特に30歳以下では30%減少する。一方、65歳以上の高齢者は2040年には3億2500万人を超えます。中国の中央年齢は今はアメリカと同じ37.4歳ですが、2040年には48歳にまで上昇します。これは現在世界最高の日本の中央年齢(45.9歳)を上回る数字です。

 それに加えて、1979年から2015年まで行われた「一人っ子政策」の負の影響が大きい。この時期には、跡取り欲しさに女児を堕胎して男児を出産する傾向が強かったので、この世代では圧倒的に男性が多い。生涯配偶者を得ることができないまま老境に達する男性の数は数千万人と予想されています。この独身男性たちには配偶者がいない、子どももいない。一人っ子ですから、兄弟姉妹もいない。両親が一人っ子だった場合には、甥も姪も、おじおばも、いとこもいない。まったく天涯孤独な高齢者になるわけです。伝統的に中国社会では、親族ネットワークが国家に代わって困窮した親族を支援するという仕組みがありましたが、この親族ネットワークは「一人っ子政策」によって消滅しかけている。

 この独身男性高齢者たちの多くは低学歴、低職能者ですので自助を期待できません。でも、今の中国には貧しい高齢者を扶養する社会保障システムがない。仮に彼らが「棄民」された場合、飢餓に苦しむ老人たちが流民化するという悲劇的なシナリオもあり得ます。

 高齢化にはもう一つ別の問題もあります。それは国防予算の膨張です。どの国でも、国防予算の多くは軍人の人件費です(日本は45%、ドイツは57%、アメリカは20%が人件費です。中国はたぶん30~40%程度だと思われます)。現役軍人の給料は「軍備」の一部と見なせますが、退役軍人への恩給支出は国防力の増強とは関係がない。逆に、恩給の割合が増えるにつれて、兵器のヴァージョンアップやAI軍拡に投じることのできる予算の割合が減る。中国の国防予算は伸び続けていますが、軍人恩給が膨れ上がっていることもその一因なのです。

 今、米中両国の中央年齢は同じです。でも、アメリカが今の出生率を維持し、移民受け入れを続ければ、もうしばらくは分厚い生産年齢人口を持つ例外的な先進国であり続けることができます。これから人口が急減し、かつ高齢化を迎える中国に対して、アメリカは人口動態に限って言えば圧倒的優位を持つことになる。

 

 中国政府はもちろんこのリスクを承知しているはずです。ですから、中央年齢が米中イーブンである今が「勝負どころ」だと考えている。あと20年で、中国は高齢化と人口減少で苦しむ今の日本のようになる。それまでに「貯蓄」した分をそれから後は「取り崩して」生きることになる。だから、「獲れる力があるうちに獲れるだけ獲る」というワイルドな国家戦略を嫌でも採用せざるを得ない。じっくり手間ひまをかけて国際社会の信望を集めるという王道戦略を採っているだけの余裕がないのはそのせいだと思います。