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アジアの隣邦において日本文化がどう受容されているかについての日本人のこの無関心はほとんど「病的」だと僕は思います。
この「病」は日本の歪んだ対米従属関係と、過去に隣国を侵略した歴史から目をそらそうとしている歴史修正主義的傾向がもたらしたものです。
2021年4月29日の内田樹さんの論考「朴東燮の内田樹研究書のための推薦文」をご紹介する。
どおぞ。
お礼の言葉
朴東燮先生が僕についての本を書いてくださることになりました。自分についての一種の「研究書」が出版されるわけです。物書きとして長く仕事をしてきた人間としては、「研究対象」になるというのは、とてもうれしく、また名誉なことだと思います。まずそのような仕事のために手間暇をかけてくださった朴先生のご厚志に心からお礼を申し上げます。
僕の本は朴先生をはじめとする訳者の方たちのおかげで、ずいぶんたくさん韓国語に訳されました。もう30冊を超えたのではないかと思います。十年ちょっとの間に30冊というのは、いまの日韓関係を考えるとかなり例外的な数字だと思います。
それに、僕の本がこんなに訳されているのは韓国だけなんです。中国と台湾で何冊かが中国語訳されていますけれど、それだけです。僕の本の欧米語訳というのは存在しません。
日本では「グローバルに活動する書き手」というのはふつうは「英語で発信する人」のことを意味しています。英語話者に受信してもらえる形式で、英語話者が関心を持つコンテンツを発信すること、それが日本において通俗的に理解されている「グローバル」ということの内実です。アジアの人たちはメッセージの「宛て先」にはカウントされていない。ですから、僕の本が韓国でたくさん訳されているということを日本のメディアは一度も報道したことがありません。一度も。
そう言えば、以前、台湾の淡江大学というところで村上春樹についての授業をしたことがあります。その大学には「村上春樹研究センター」があって、そこが招待してくれたのです。「村上春樹の研究に特化した研究所があるのは世界の大学でうちだけです」とそこの先生が自慢していました。でも、僕は招かれるまでそんな研究所が台湾にあることを知りませんでした。日本のメディアがこのセンターの存在を報道したことがなかったからです。
アジアの隣邦において日本文化がどう受容されているかについての日本人のこの無関心はほとんど「病的」だと僕は思います。
この「病」は日本の歪んだ対米従属関係と、過去に隣国を侵略した歴史から目をそらそうとしている歴史修正主義的傾向がもたらしたものです。僕はそう思っています。そして、この「病」から癒えることなしに、日本に未来はない、とも思っています。
でも、この作業は日本人だけでできることではありません。アジアの隣邦のみなさんの協力なしには果たし得ないことだと僕は思っています。
朴先生のこの本は、単に韓国の方たちが僕の本についての理解を深めるためのものにはとどまらないと思います。今の日韓の「ねじれたまま硬直した」関係をすこしでも緩めて、血の通ったものにしてくれる一助になると僕は信じています。