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「万世一系」という語の初出は岩倉具視です。明治維新を正当化するために採択された近代的な概念です。武烈から継体への皇位継承に無理があることや、南北朝の分裂は日本史の教科書を読んだ人なら誰でも知っています。
2022年月日の内田樹さんの論考「天皇制についてのインタビュー『月刊日本』」(前編)をご紹介する。
どおぞ。
『月刊日本』の2月号に天皇制についてのインタビューが掲載された。
―― 現在、皇室は皇族数の減少等により存続が危ぶまれ、皇位継承の在り方について議論が行われています。内田さんは『街場の天皇論』(文春文庫)で、象徴天皇制への支持を表明していますが、皇室や皇位継承の在り方についてどう考えていますか。
内田 象徴天皇制は戦後70年以上にわたる皇室の努力によって形作られてきたものです。天皇制は僕のような戦後世代にとっては必ずしも存在することが自明の制度ではありませんでした。子どもの頃は周りの大人たちの中に「天皇制廃止」を公言する人も少なくありませんでした。ですから、子どもの頃に天皇制の存否について意見を求められたら、僕は「必要ない」と答えたんじゃないかと思います。
でも、皇室と国民の関係は、敗戦直後がおそらく一番危機的で、そのあとはしだいに安定的なものになっていったように思います。大きな貢献を果たしたのは、59年の皇太子と美智子さまのご成婚です。国民は民間出身の聡明な皇太子妃を歓迎して、ご成婚を祝福しました。これを機に皇室への親しみは一気に深まったと思います。
もう一つは、皇室が政治的中立性を保ち続けたことです。60~70年代は、全共闘運動や安保闘争などで国論が深刻に分裂した時代でした。しかし、皇室は一方に与することを避けて政治的中立を貫いた。僕は過激派学生の側にいましたけれど、天皇から敵視されているという感覚を持ったことはありません。後から思うと、あの時に政治的立場の違いを超えてすべての国民の平和と安寧を願うという立場を維持したことによって、左翼も含めて全国民が天皇を「国民統合の象徴」と認めるという機運がゆっくりと醸成されたのだと思います。
今の皇室と国民の安定的で穏やかな関係を創り出したのは主として皇室側の努力によるものです。国民は皇室についての興味はあったものの、「皇室はこうあるべきだ」ということについてビジョンを提示し、合意をめざすという動きはほとんど見られなかったからです。憲法に条文を掲げただけで、「立憲デモクラシーと天皇制をどう両立させるか?」という実践的な問題については、真剣に取り組むことなしに75年を過ごしてきた。
しかし、上皇陛下は2016年の「おことば」を通じて、象徴天皇の具体的な責務が何であるかを明らかにされました。それは先の大戦で斃れた人々の霊を鎮めるために祈ること、もう一つはさまざまな災害の被災者を訪れ、「傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」です。いずれも陛下は死者たちが息絶えた現場、国民が被災した現場に赴き、その場に膝をついて祈り、慰めの言葉をかけられました。
憲法第七条には「天皇の国事行為」として、法律の公布、国会の召集、大臣や大使の認証などに続いて、最後に「儀式を行ふこと」とあります。陛下はこの「儀式」が何であるかについての新しい解釈を示されたのだと思います。それは宮中で行う宗教的な儀礼に限定されず、ひろく死者を悼み、苦しむ者のかたわらに寄り添うことでした。それが飛行機に乗り、電車や自動車に長時間乗って移動する具体的な旅である以上、身体的な負荷がかかります。だからこそ、高齢となった陛下は「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくこと」が困難になったと考えられたのだと思います。
天皇の第一義的な役割が祖霊の祭祀と国民の安寧と幸福を祈願することであるのは古代から変わりませんが、上皇陛下はさらに一歩を進めて、象徴天皇の本務は死者たちの鎮魂と苦しむものの慰藉であるという「新解釈」を付け加えられた。これを明言したのは天皇制史上初めてのことです。
確かに立憲デモクラシーと世襲天皇制は「氷炭相容れざるもの」です。しかし、私たちはこれを折り合わせてゆくしかない。どちらかを選び、どちらかを捨てるということはできない。他国に例がない以上、よその成功事例を参考にすることもできない。自力で何とかするしかない。
現在の皇室内部では、天皇の責務は国民の安寧と幸せを祈り、国民に寄り添い苦楽を分かち合う存在であるという解釈が「家風」として定着していると思います。ですから、重要なのは、男系の「血統」が継承されるかどうかよりもこの「家風」が継承されるかどうかだと僕は思います。「家風」を継承するについて性別は関係がありません。今の皇室の「家風」が継承されるなら、女性天皇でも女系天皇でも構わないと僕は思います。その点を優先するなら、幼いころから天皇皇后陛下の薫陶を受けてこられた愛子さまが次世代の天皇に即位されるのが最も自然です。
そもそも今の日本がここまで衰退しているのはあらゆる領域で女性の登用が遅れているからです。21世紀の世界にはもはや家父長制の生き延びる余地はありません。
―― 政府の有識者会議は、旧宮家子孫の男系男子を皇族にすることを提案しています。
内田 大事なのは「家風」の継承です。単に「皇統に生物学的に連なる男性だから」という理由で皇族の数を増やしても、その人たちが今皇室が果たしている機能が担えるとは思いませんし、国民からの自然な敬意や親愛の気持ちが醸成されるとも思いません。
リチャード・ドーキンスは『利己的遺伝子』で生物学的な「遺伝子(gene)」に対して文化的な遺伝子である「ミーム(meme)」という概念を提唱したことがあります。社会的生物である人間の思考やふるまいは遺伝子によってよりむしろ脳から脳へコピーされる社会的・文化的な情報によって決定されるという学説です。僕が「家風」と呼んでいるのは皇室で継承されるミームのことです。
―― 天皇の存在は歴史的に「天皇は天照大神の子孫である」という建国神話と、「皇統は永遠である」(天皇は万世一系である)という血統の物語に基づいてきたように思います。
内田 その物語にはもう説得力がないと思います。いま日本国民が皇室を支持している第一の理由は、象徴天皇制という現実の政治制度が適切に機能しているからでしょう。「天照大神の子孫だから」とか「万世一系の皇統を受け継いでいるから」という理由で天皇制を支持している人はきわめて少数だと思います。
記紀神話に類した起源神話、建国神話はどんな共同体にもあります。朝鮮は5000年前に檀君が建国したことになっているし、フランスはローマ帝国の文化を受け継いだ「ガリア」から発祥したことになっている。アメリカ合衆国の独立宣言だって、建国の正統性の保証人には「創造主」が呼び出されています。でも、それがファンタジーであることはみんな知っています。知っているけれど、そういう物語があった方が国民的な統合に役立つと思うから活用している。
「万世一系」という語の初出は岩倉具視です。明治維新を正当化するために採択された近代的な概念です。武烈から継体への皇位継承に無理があることや、南北朝の分裂は日本史の教科書を読んだ人なら誰でも知っています。
帝国憲法は「天皇は神聖にして侵すべからず」とも定めていますが、実際には歴代天皇は時の権力者に利用され続けてきました。たくさんの天皇が権力者の恣意で退位させられたり、流罪にされてきたことは誰でも知っています。
共同体の物語は時代の要請に基づいて形成されるものですから、その形成には歴史的必然性があります。でも、ある特定の時代に採用された物語を超歴史的真理であるかのように語ることはできません。