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人が驚かないところで驚くというのは変化を予測するためにとても大事なことだと僕は思います。
2022年2月17日の内田樹さんの論考「2022年度寺子屋ゼミのお題は「危機論」」をご紹介する。
どおぞ。
みなさん、こんにちは。今年度のテーマは「危機」です。
キーワードには流行り廃りがあります。「危機」がかつて時代を代表するキーワードになったことがあります。今から百年前、ヨーロッパの大戦間期のことです。この時代には「危機」をタイトルに含んだ大量の書物が書かれました。社会システムが劇的に変化して、未来の予測が困難になると人間は「危機」を感じるようです。
21世紀に入ってどうやら100年目の「危機の時代」がめぐってきたような気がします。
気象変動、パンデミック、AI導入による雇用消失、人口減少、反知性主義、宗教的原理主義、極右の進出、テロリズム、国際協力の停滞、政治家・官僚の劣化、メディアの劣化、ジェンダーギャップ・・・数え上げると切りがありません。
果たしてこれらの徴候は100年前のようなカタストロフへの「序曲」なのか、それともまったく別の道筋をたどって世界が新しいフェーズに入る前の「産みの苦しみ」なのか。僕にはまだわかりません。
歴史的な大変動が起きるときには、かならず「前兆」があります。それはあらゆる領域で、実にさまざまなかたちで検知されます。僕たちのような力のない市井の人間にできることは「時代の変化に虚を衝かれないこと」くらいです。微細な変化であっても、きちんと変化をモニターしていれば、地殻変動的な危機であっても、それに少しは先んじて徴候を感じ取り、それに対処する手立てを講ずることができる。いつも申し上げているように「いきなり驚かされない」ための最良の方法は「こまめに驚く」ことです。「驚かされる」は受動態ですが「驚く」は能動的な行為です。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる」という歌があります。人が気がつかない微細な変化を「驚く」ことができる人は早めに厚着したり、暖房をチェックしたりして、風邪をひくリスクを軽減できる。まあ、そんな実利的な歌じゃないんですけれども、人が驚かないところで驚くというのは変化を予測するためにとても大事なことだと僕は思います。
今期の「危機」論では、できればみなさんに「人がまだ気づいていないところに『驚くべきもの』を見出だす」ということを一つの目標に掲げて頂きたいと思います。それは危機に就いての「論」になると同時に、危機を回避するための実践になるはずだからです。
取り上げるのはどんなテーマでも結構です。上に掲げたような世界的スケールの危機でもけっこうですし、もっと身近な、日常的な観察を素材にしてくださってもけっこうです。
みなさんの「驚かれぬる」力を存分に発揮してください。