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内田樹さんの「ロシアとウクライナについてのインタビュー」(中編) ☆ あさもりのりひこ No.1154

大日本帝国の末期とよく似てます。もう負けることはわかっているが、何とか国内的に面子が立つような負け方をしたい。どこかでアメリカに一矢報いて、恰好をつけてから停戦交渉に入ろうとして、ミッドウェイから原爆を落とされるまでずるずると戦い続けて、結果的に傷を深くしました。

 

 

2022年4月5日の内田樹さんの論考「ロシアとウクライナについてのインタビュー」(中編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

― プーチン失脚は合法なものでしょうか?

 

内田 わかりません。朴正熙みたいに暗殺されるかもしれないし、「急病になって公務ができなくなりました」みたいな作り話で取りつくろうかも知れません。ここでプーチンに代わる人が出てきて、即時停戦を申し出て、クリミアやドンバスについても「引き続き協議してもいい」という宥和的な態度に出てきたら、NATOはこの代表者に「花を持たせて」、ロシア国内をまとめてもらおうとするかも知れません。ロシアの足元を見て、強気に出て、ロシアに屈辱的な条件を突きつけたら、また違う機会にそれが次の戦争の火種になるかも知れませんから。

 ですから、今ならプーチンさえ退陣させてくれたら、それ以上ロシアを追い込まない。経済封鎖も解除していい。それくらいの約束はするんじゃないですか。ウクライナも領土的な譲歩はできないでしょうけれど、「話し合いを継続する」くらいの玉虫色の合意なら手を打つかも知れない。それが、ウクライナ国民にとってもロシア国民にとっても、とりあえず一番「まし」なソリューションでしょうから。

 

― その最悪のシナリオ、核兵器を使う形になったら、どうなると思いますか?

 

内田 わかりませんね。いくらプーチンでも「オレが死ぬときは全人類を道連れだ」というところまでは狂ってないと思います。キエフに原爆を落とすようなことはしないでしょう。

 

― でもそれをやったら、第二次大戦のアメリカ以来ですが。

 

内田 ロシアが核を使ったら、NATOも核を使う。そして、世界中でたくさんの人が死ぬ。そういうことになったら、ロシアは仮に生き残ったとしても、世界的に孤立して、国際社会から隔離された「鎖国状態」に追い込まれ、もう二度と国際社会において名誉ある地位を占めることはできないでしょう。

 

― 最悪のシナリオもあるのでしょうかね? 核戦争という。

 

内田 たぶんないと思います。プーチンが核攻撃を命令した時に、軍のトップだって簡単にはその命令に従わないと思います。ニクソン大統領が政権末期にかなり精神的に危なくなった時、国防長官が「ニクソンから核攻撃の命令があっても、すぐに実行しないで、まずオレのところに報告しろ」と言ったそうです。それと同じで、プーチンが核攻撃命令を出すことが「クーデタ」のきっかけになるかも知れません。

 ある程度合理的に思考できる軍人なら、ここでロシアが核の先制攻撃をしたら、もうロシアは終わりだということはわかると思うんです。こうなったら、プーチンを引きずりおろしてでも「ロシアを守るべきだ」という判断を下す可能性はある。いくらなんでも核攻撃をプーチンが命じた時に抵抗せずに実行した人間として人類史に汚名を残したくないでしょう。

 だから、核攻撃は「ブラフ」としては使うけれど、本当に攻撃命令を出したら、それが失権のきっかけになるかもしれないというくらいのリスクはプーチンも勘定に入れていると思います。プーチンに従って共に滅びるか、プーチンに逆らってロシアを救うか。そんな「踏み絵」をうかつに軍人たちに踏ませるとおのれ自身の命取りになりかねないということくらいはプーチンだってわかっている。ですから、核攻撃命令はたぶん出さないというのが僕の希望的観測です。

 

― 出したとしても部下が忠実でない可能性があると?

 

内田 核戦争を始めるというのは、ロシアを滅ぼすということですからね。どれほどプーチンにおもねって出世してきたイエスマンたちでも要は「わが身可愛さ」でそうしてきたわけですから、自分自身も滅びるという選択をしてまでプーチンに忠義を立てる義理はないでしょう。

 

― そこでブレーキが効くというか、プーチンが核を指示した時、それが失脚に繋がるという可能性もあるという。

 

内田 もしロシアの指導部がプーチンの命令に唯々諾々と従って、世界を核戦争に引きずり込むようなことがあれば、彼らはもう「イエスマン」でさえなく、思考停止に陥っているということです。それはロシアの統治機構が骨の髄まで腐っていたということを意味します。さすがにそこまで腐っていたら、すでに国の体裁をなしていないでしょう。ですから、統治機構の要路には今でもイエスマン以外に「そこそこ賢い人」は冷や飯を食わせられながらも「仕事ができるから」という理由で配備されているはずです。彼らがもし「プーチンへの忠誠」より「ロシアへの愛国心」の方を優先させるとしたら、彼らが流れを変える可能性はあると思います。

 このあとプーチンがもう少し政権にとどまるためには、撤兵はするけれど、国内的には「勝利した」というプロパガンダで押し通すしかありません。国際的な体面は保てないが、国民は騙せるという成算があれば、プーチンが兵を退く可能性はある。

 

 大日本帝国の末期とよく似てます。もう負けることはわかっているが、何とか国内的に面子が立つような負け方をしたい。どこかでアメリカに一矢報いて、恰好をつけてから停戦交渉に入ろうとして、ミッドウェイから原爆を落とされるまでずるずると戦い続けて、結果的に傷を深くしました。プーチンの場合でも、いずれは国内向けプロパガンダの効果が切れて、国民が「勝利した」という嘘を信じてくれなくなる日が来る。それまでに、局地戦で「面子が立つ」ような勝利を収める必要がある。その局地的勝利が確保できないと、ずるずると戦争を続けるしかない。