〒634-0804

奈良県橿原市内膳町1-1-19

セレーノビル2階

なら法律事務所

 

近鉄 大和八木駅 から

徒歩

 

☎ 0744-20-2335

 

業務時間

【平日】8:50~19:00

土曜9:00~12:00

 

内田樹さんの「自分のヴォイスを見つけるためのエクササイズ」(その1) ☆ あさもりのりひこ No.1212

コツはロックンロールといっしょです。Cut in, cut out いきなり始まり、いきなり終わる。

 

 

2022年8月6日の内田樹さんの論考「自分のヴォイスを見つけるためのエクササイズ」(その1)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

ずいぶん前になるけれども、自分のヴォイスをまだみつけていない青年がいた。彼が自分のヴォイスで自分について語れるようになることが急務であるという状況だったので、3年ちかくにわたって「作文の個人授業」をした。最後の課題に返信がないままこの文通は中絶したが、それはたぶん彼がもう「エクササイズ」を必要としなくなるだけ自分の文体をしっかり手にしたからだろう。あるいは最後の課題が彼にはとても書きにくいものだっただけの理由かも知れない。

作文の会というところで「自分のヴォイスをみつける」という演題で話すことになったので、HDの筐底から昔のやり取りを掘り出して読んでみた。彼からの課題の「答案」は抜いて、私が出した課題だけをここにリストしておく。

作文教育について一助となるといいのだが。

 

O川さま

 こんにちは。内田樹です。

 今日は遠いところを来てくれてありがとうございました。

 君に必要なのは、身体と、言葉の身体(というものがあるのです)の修業だと僕は思っています。

 自分のvoiceを発見するまで、長く楽しい修業をしてください。

 では、最初の課題を出します。

 課題(1)「嘘みたいなほんとうの話」

 自分が経験した「嘘みたいなほんとうの話」。できたら、まだ誰にも話したことのない話を書いてください。経験したことをそのままリアルに。脚色なしに記述してください。教訓とか、まとめとか、要りません。事実だけ。

 これは主観性を削ぎ落とした文章を書く訓練です。

 コツはロックンロールといっしょです。Cut in, cut out いきなり始まり、いきなり終わる。

 がんばってね。

 

O川さま

 おはようございます。内田樹です。

 課題文さっそくご提出ありがとうございました。

 うむうむ、なかなか興味深い作文でした。

 文体修業ということで始めた課題ですけれど、これはきわめて興味深いO川君の「無意識」の語りのようですね。

 いや、べつに構えなくてもいいんです。

 君の心象風景がけっこう投影されているのかなと思いながら読みました。

「禁止の多い環境」からことが始まる。

「愛情の対象」と心が通じない。

「愛情の対象」が理由もわからぬままに去ってしまう。

 亀がいなくなった話が「嘘みたいなほんとうの話」に選択されるということは、ふつうはありません。だって、よくあることだから。

 でも、O川君がこの記憶を思い出したということは、君にとっては象徴的な意味のある出来事だった(と思った)からだと思います。印象に残ったのは、たぶんこの出来事が「自分について(自分の未来について、自分の宿命について)何かを語っている」とO川少年が直感したからだと思います(と勝手に僕が思っているだけですから、気にしないでね)。

 どうしてO川少年はこの出来事を記憶したのか、そこに何を直感したのか。

 別に急ぐ話ではないので、それをときどき、ぼんやり考えてみてください。

 では、課題その2を出します。

 

 課題その2は「僕がこれまで会った中で、もっとも酔っぱらっていた人の話」です。

 字数は自由です。がんばってね。

 

O川さま

 こんにちは。内田樹です。

 課題提出、ありがとうございました。

 今回のはとっても面白かったです。

 E口の酔い方とK吉くんのうれしがりぶりがみごとに活写されておりました。

彼らは僕の前ではふだんはそんなには酔わないです(さすがに多少は緊張しているんでしょうね)。でも、僕が帰ったあとに「やれやれ、じゃ飲み直そうか」ということになってるのかも知れませんね。O川君にとっては「しんのすけ」に毎週かよっていたころが、いちばん気分的に安定していたのかもしれないですね。

 課題その3は「ものすごくまずいものを食べたときの話」です。

 これはけっこうネタがあるんじゃないかな。

 

O川さま

 こんにちは。内田樹です。

 課題3たしかに拝見しました。

 このラーメン、まじでほんとうにまずそうだね。「化粧室の臭い」というのが想像するだに肌に粟を生じるほどまずそうでした。

 まずいものを食べる話が文体修業にすぐれているのは、「うまい」と感じるときは、うまいものを食べていることの総合的な体験を楽しみますが、「まずいもの」を食べているときは、ほかのことを全部切離して、「まずさ」だけに意識を集中しようとするからでしょう(たぶん)。だって、店も汚いし、サービスも悪いし、音楽も変だし、トイレが匂うし・・・というふうに「総合的に」まずさを記述しはじめたら、もう我慢できないじゃないですか。

そういう「食べ物以外の要素」の干渉を排除して、純粋に「まずさ」にだけ集中して、「それだけに耐える」ことに努力を振り向けるのが「まずいもの」を食べる経験を語ることの手柄でありましょう。めいびー。

 そういうふうに「あるトピック一点」に特化してものを書くというのは、たいへん重要な文章修業なのであります。

 

 課題4は「フィクション」です。

「朝起きたら、僕は・・・・になっていた」という文章から始まって、その日の前半のできごとを創作してください。 ・・・・は何でもいいです。

 でも、昆虫とか爬虫類とかはあまり「僕は」というような主語は使わないので(なったことないから知らないけど)、哺乳類がいいかなと思います。

 ただし、オオアリクイとかパンダとかラクダとか、そういう何を考えているのかよくわからない動物の方が描き易いと思います。犬とか猫だとそれになった自分がなんとなく想像できますからね。

 

 がんばってね。