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内田樹さんの「韓国メディアの悩み」 ☆ あさもりのりひこ No.1286

人はその言葉が「自分宛て」かどうかを直感的に判定することができる。自分宛ての言葉だと思えば、どれほど分かりにくい話でも真剣に読む。

 

 

2022年12月12日の内田樹さんの論考「韓国メディアの悩み」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

3年ぶりに講演旅行のために韓国を訪れた。手続きがずいぶん煩瑣になったが、久しぶりに韓国の友人たちと久闊を叙すことができた。

 二泊三日で二都市での講演というハードなスケジュールだったが、今回はソウルでのインタビューのあと、新聞記者たちとの懇談会というイベントがあった。ご飯を食べながら、若い女性記者たち6人と韓国のメディアの現況をめぐっておしゃべりをした。

 そのうち記者たちからのあれこれの質問に私が答える「身の上相談」タイムになってしまった。どの質問もとても面白かった。日韓のメディアが直面している問題は本質的には同じものだと感じた。

 最初の質問は「リテラシーの低い読者にも分かるように書け」と先輩記者から指示されるのだが、そうするとどんどん記事が薄っぺらなものになってしまう、どうしたらよいのかというものだった。

 同じことを私もよく言われた。難しい言葉を使い過ぎる。ふつうの読者にも分かるように書き換えろと何度も言われた。そのつど「いやだ」と答えてきた。

 私自身は新聞や書物で自分の知らない言葉と繰り返し出会うことを通じて、その語の意味や使い方を理解し、自分の語彙に加えてきた。読者のリテラシーを向上させるのもメディアのたいせつな仕事のはずである。

「一番リテラシーの低い読者に合わせて書けと言うのなら、そちらも記事を全部ひらがなにしたらどうですか」と言うと先方はだいたい黙った(そして縁が切れた)。

 二番目の質問は、どういう文体で書けば読者に言葉が届くかという、これも本質的な問いだった。私は「書き手にはある種の無防備さが必要だと思う」と答えた。

 読者からの反論や異議を先取りして、警戒しながら書いた言葉は仮に論理的に破綻がなくてもなかなか読者に届かない。読者を「潜在的な敵」と想定して書かれた言葉に読者は胸襟を開いてはくれない。

 それよりは読者を信じて「お願いだから読んで」と懇請すべきだと思う。人はその言葉が「自分宛て」かどうかを直感的に判定することができる。自分宛ての言葉だと思えば、どれほど分かりにくい話でも真剣に読む。

 

 そう言うと、記者たちは深く頷いてくれた。少しでもお役に立てたらよかったのだが。