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過疎地にとどまりながらも、世界的レベルの作物を世に送り出す人たちがいる
2023年1月17日の内田樹さんの論考「世界標準を創る人たち」をご紹介する。
どおぞ。
平川克美君が店主の隣町珈琲の新年会に顔を出したら養老孟司先生、佐々木幹郎さん、関川夏央さん、春日武彦さんたちと思いがけなく久闊を叙すことができた。平川君からの「お年玉」である。そこに鳥取の智頭で天然酵母のパンとビールを作っているタルマーリーの渡邉格・麻里子さんご一家も来ていたので、手作りの美味しいビールを飲みながら、「過疎地から世界標準の製品を送り出す」計画について話し込んだ。
人口減日本が採り得る選択肢は「都市集中」か「地方分散」かのどちらかしかない。政府と財界はいちはやく「都市一極集中」シナリオを選択して、国民的議論抜きに着々と地方の過疎化・無住地化を進めている。その方が「金になる」という算盤を弾いているのである。そして、このシナリオの宣伝役として「過疎地に住む住民には行政サービスを要求する権利がない。不便がいやなら過疎地を捨てろ」と言い出す人間がわらわらと出てきている。
この「無住地化シナリオ」に対抗するためには、過疎地にとどまりながらも、世界的レベルの作物を世に送り出す人たちがいるという事実を突きつけることが有効である。そして「食」には間違いなくその可能性がある。
去年、やはりパン作りの青年が「いま日本のパンは世界一です」という言葉をさらりと口にするのを聴いた。「こういう言葉」を聴いたのは30年ぶりくらいだった。その頃は、いろいろな分野の人がさらりと「うちのプロダクツは世界一ですから」と言うのを聴いたものだった。
そういう言葉を絶えて聴かなかった。でも、私たちが知らないところで「世界標準」は新たに創り出されていたのである。政治家もビジネスマンもそれに気づかず、メディアもそれを報じないのは、彼らがもう社会の変化を感知する力を失っているからだと私は思う。