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内田樹さんの「辰巳孝太郎さんと対談した」(前編) ☆ あさもりのりひこ No.1330

政党に対する評価を決めるのは綱領の「政治的正しさ」じゃないんです。そこにいる人間の質なんです。

 

 

2023年1月30日の内田樹さんの論考「辰巳孝太郎さんと対談した」(前編)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

1月25日に大阪府知事に立候補表明をしたたつみコータローさんが凱風館にいらした。私がTwitterで「辰巳孝太郎さんに大阪市長選に出て欲しい。出たら応援するのに」と書いたのを見て、対談のオファーをしてくれたのである。はじめてお会いするのだけれど、予想通りさわやかな好漢だった。こういう誠実で知的な人に大阪府政を任せたいとしみじみ思った。

対談は「大阪民主新報」に掲載されるが、字数制限があったので、以下にロングヴァージョンを掲げておく。

 

内田 大阪市長じゃなくて府知事だったんですね(笑)。

たつみ 年末に「明るい会」という政治団体から要請を受けて快諾しました。記者会見で、国政でやってきたが迷いはなかったかと聞かれましたが「ゼロです」と答えました。大阪の悪い政治の大本である維新政治をとにかく変えたいと。

内田 僕は学生時代は反代々木系の活動家だったので、共産党に対してはかなり批判的でした。でも、大学に勤めるようになって、同僚に党員が何人かいて、彼らを知って共産党に対する評価を変えました。組合活動や学務をしているうちに組織の中で一番信用できるのはクリスチャンとマルクス主義者だなと骨身にしみて思うようになったからです。思想の骨格が一本筋が通った人はやっぱり頼りになる。彼らは一度約束したことは守るし、ぶれない。世間の風向きがどうであれ、そういうことを気にしないで筋目を通す。そういう人たちと友人になってから共産党に対する評価を改めました。

たつみ そうなんですか。

内田 そうなんです。政党に対する評価を決めるのは綱領の「政治的正しさ」じゃないんです。そこにいる人間の質なんです。平松邦夫さんが大阪市長の時に特別顧問を委嘱されました。そのときに平松市長に諮問されて教育問題について哲学者の鷲田清一さん、宗教学者の釈徹宗さんたちといろいろ提言をしました。平松さんは2011年の大阪市長選で橋下徹さんに負けましたが、平松さんがもう一期やってくれていたら大阪はこんな悲惨なことにはなっていなかったと思います。大阪の教育現場だって、もっと穏やかで働きやすい環境になっていて、学力低下や教員不足で悩むことなんかなかったはずです。

たつみ 橋下さんが市長になって一番最初にやったのが大阪市職員への思想調査アンケートでした。政治活動への関与や誰に誘われたかまで書かせるもので、泣く泣く仲間の名前を書いた職員もいました。

内田 卒業式での「君が代」斉唱の口元チェックも橋下さんの時に起きましたね。僕はナショナリストですから国旗・国歌に対する敬意はあってしかるべきだと思っていますが、内発的なものでなければ意味がない。愛国心は政治的圧力で強要するものじゃありません。

たつみ 先生は以前、国旗の問題でアメリカの最高裁判決を引いておられましたね。

内田 アメリカ最高裁は1989年に「国旗損壊を罪とする州法は憲法違反である」という画期的な判決を出しました。国旗損壊は個人の政治的意見の表明であり、その権利は憲法修正第1条が認めているとしたのです。判決を支持した判事の1人は「痛恨の極みではあるが、国旗は、それを侮蔑する者をも保護する」という補足意見を記しました。僕はこの「痛恨の極みではあるが」という葛藤を公人として尊いものだと思いました。公人は個人的な心情と原理の間で葛藤するのがふつうなんです。自分と意見の違う人間を含めて市民を代表する仕事なんですから。自分と意見の違う市民を代表する気がない人間には公人の資格はありません。

たつみ なるほど。

内田 維新の政治で僕が最もきびしく批判しているのは、共同体が安定的に存続するために必須の「社会的共通資本」に手を突っ込んできたことです。

 大気や水質や森林や海洋のような自然環境、交通網や通信網、電気ガス水道のような社会的インフラ、そして行政、医療、教育などの制度は専門家によって安定的に管理運営されるべきで、決して政治や市場とリンクさせてはならない。これは宇沢弘文先生の説かれたことですけれども、その通りだと思います。社会的共通資本は政権交代しようと、天変地異が襲おうと、恐慌があろうと、何事もなかったかのように淡々と継続されることが最優先なんです。でも、維新はそれを意図的に政治と市場に巻き込んだ。医療や学校の存否を短期的な費用対効果だけを基準に決定した。新自由主義者が世界中でやってきたことですけれど、それによってどれほどの社会的混乱が起きたか、人が傷ついたか、彼らが知らないはずはない。

 維新は文化も敵視しました。ご記憶でしょうけれど、彼らが真っ先に助成を削ったのが文楽とオーケストラでした。有料公演で黒字が出せない芸能には存在する価値がないという病的な市場原理主義がそれ以後「大阪の常識」になってしまった。本来公共はそういう文化の存続を支援するためのものなのに。

 維新の政治手法は、人間の欲望や怨念や嫉妬といった本音を感情的基礎にしています。確かにそれもリアルなのですが、公共心や倫理のような「きれいごと」を手放したら世の中は持ちません。日本人の倫理的劣化に棹をさした維新の罪は深いと思います。

たつみ 彼らの政治手法は、公務労働者と民間労働者、高齢者と現役世代、困窮者とそうでない人を対立させて分断し、「既得権益」といって攻撃するというものです。そんな分断・対立から連帯・共同の政治への転換を、この選挙で訴えていきたいと思います。

内田 集団内部に「諸悪の根源」を探し出して、「既得権益を不当に享受しているやつらを排除すれば万事うまくゆく」というのは陰謀論の基本です。維新は公務員バッシングから始めて、医療者、教員...と次々標的を拡げました。その結果、大阪の医療も教育も全国最低レベルにまで低下した。

たつみ 行政的には「二重行政」といって市民病院をつぶしたり。

 

内田 府立大と市立大の統合も「無駄をなくす」ためのはずでしたが、統合のための不要なタスクのせいで、教育研究のための時間が失われました。この統合のための作業で失われた学術的アウトカムを考えると、信じられないほど費用対効果の悪いことをしたことになる。そもそも、校風も教育理念も教育方法も違う大学を統合することはナンセンスです。教育研究機関なんですから、多様なものが共生している方が生産的であるに決まっているのに。