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実際に監視されていなくても、市民が「監視されているかも知れない」という不安を抱いている限り「パノプティコン(一望監視装置)」は効果的に機能する。
2023年2月15日の内田樹さんの論考「中国最新事情」をご紹介する。
どおぞ。
『シン・中国人』(ちくま新書)を出したばかりの北京在住のジャーナリスト斎藤淳子さんが凱風館においでになった。最新中国事情を拝聴しているうちに時間を忘れた。
中国の生活者の肉声はなかなか日本には届かない。取材活動にきびしい制約が課されているし、市民も口が重い。どこで、誰に会って、何を話したのか、それを政府はすべて把握している(と市民は信じている)。実際に監視されていなくても、市民が「監視されているかも知れない」という不安を抱いている限り「パノプティコン(一望監視装置)」は効果的に機能する。
中国には社会的信用評価システムというものがある。政府がビッグデータを活用して、全国民の社会的信用(平たく言えば「体制への忠誠度」)を格付けしているのである。このスコアが低い人は「ホテルの予約がとれない」「列車のチケットがとれない」というような仕方で日常的にペナルティを受ける。反体制的傾向は日常生活で思い通りに物事が進まないというストレスで報復されるのである。そんな悪魔的なシステムがほんとうに実在するのかどうか、実は半信半疑だった。でも、斎藤さんはあっさり「ありますよ。スコア低い人は海外には出られません」と頷いた。
私が訊きたかったもう一つのことは、一人っ子政策の帰結である数千万人の天涯孤独の老人たちのために政府は社会福祉制度を整備する気があるのかということだった。高齢者対策のために巨額の福祉予算を投じれば、その分軍事予算は目減りする。それは中国の「戦狼外交」に抑制的な影響を及ぼすはずである。
斎藤さんが教えてくれたのは、中国メディアではこのところ「高齢者の安楽死」を肯定的に語る論者が増えてきたという話であった。なるほど「高齢者が集団自決すれば問題解決」というのはそれほど独創的なアイディアではなかったのである。