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内田樹さんの「夢のバービーランド」 ☆ あさもりのりひこ No.1402

人が「夢」だと思っているものが「現実」をあらしめ、「現実」だと思い込んでいるものも実は一場の「夢」に過ぎない

 

 

2023年8月22日の内田樹さんの論考「夢のバービーランド」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

 評判のBarbieを観てきた。「評判の」と言っても、ネット上のことであって、まだ一般メディアではほとんど話題になっていない。バービー人形のあのバービーの話である。ファンタスティックな夢物語だと思う人がいると思う(私も予告編を見たときにはそう思った)。ところがこれが娯楽作品という外見とは裏腹に、実に鋭くアメリカのジェンダー構造を考察した作品であったのに驚いた。

 時間の流れが止まった「バービーランド」で、住人たちはおのれの万古不易のジェンダー・ロールのうちに安らいでいた。しかし、ある日、一人のバービーのうちに危機の徴候が現れる。バービーランドの平穏を取り戻すために、バービーは「リアルワールド」に旅立つ。だが、旅のお供についてきたボーイフレンド人形のケンは現実社会の男性支配にすっかり魅了されて、バービーランドにも男性支配を持ち込もうと思いつく。一方のバービーは出会った少女たちから「あんたが性役割を固定化したせいで、フェミニズムが50年遅れたのよ。このファシスト!」と罵倒されて、すっかり落ち込んでしまう。

 さて、バービーはどうやって彼女のアイデンティティー危機を乗り越え、彼女の留守中に男性支配体制に変貌した「ケンダム(元バービーランド)」での女性の地位を回復できるか...考えるとすごく難しい問題だ。

 

 女性たちが最大限の自由を享受できている夢のバービーランドは、実は現実世界での男性支配のバランサーとして機能していたのである。女の子たちがピンクの夢と戯れている限り、男たちはタフな現実を支配できる。観終わった時私たちは、人が「夢」だと思っているものが「現実」をあらしめ、「現実」だと思い込んでいるものも実は一場の「夢」に過ぎないという深い知見へと導かれる。なんと、すごく哲学的な映画だったのである。ぜひ劇場へ。