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自分の身体は力の淵源ではなくて、通り道なんです。
2023年9月9日の内田樹さんの論考「学校図書館は何のためにあるのか?」(その2)をご紹介する。
どおぞ。
僕は観世流の能楽をかれこれ30年近くお稽古しているのですけれど、よくある曲は、旅の僧がある土地にやってきて、そこに梅の木とか廃屋とか、何かいわくありげなものがあって、これは何だろうと思ってたたずんでいると土地の人がやってきて、これはこれこれこういう因縁のあるものです言って去る。中入りして、後ジテが登場して「実は私は和泉式部です」とか「平敦盛です」とか名乗って、その場所で、自分がどんなふうに生き、どんなふうに死んだのかを語ってゆく。そして僧に向かって「跡弔いてたび給え」と懇請する。「跡弔いてたび給え」いうのが後ジテの決まりの言葉なんです。「どうぞ私を供養してください」と言って消えていっておしまいというのが複式夢幻能の基本パターンなんです。
どうも、生物学的に死んでもしばらくの間は死者について語り継いでゆくということを死者は求めている。その思いに応えるのが供養なんじゃないか。でも、そんなに長くやる必要はなくて、だいたい十三回忌くらいでいいらしいんです。死後の世界に行ってアンケートとったわけではないんですけど(笑)。十三回忌くらいやればもう十分かな、と。
父方の祖母の十三回忌の時に、伯父が「みんなももう年を取ったし、遠くから集まるのも大変だから、もうみんなで集まって法事をするのはこれで最後にしよう。あとはうちでやるから」と宣言したのを覚えています。、子ども心に「なるほど、供養は十三回忌くらいでいいのか」と思いました。
考えてみれば自分も今72で、まああと10年くらいは生きるつもりでいますが、死んだ後にどれくらい供養してもらいたいか訊かれたら、13年くらいでいいかなと思います。それくらいになると、僕の同年代の友人たちもみんな死んじゃってるし、僕のことを直接見知っている身内もそれぞれ結構な年になっている。だったら、それぐらいでフェイドアウトすればいいかな、と。
そもそも、この年になると、もうだんだん死んでるわけです。目が見えないとか、歯が抜けるとか。僕はこの前、膝に人工関節入れましたから、膝はサイボーグなわけです。体のあちこちがもう部分的には死んでいる。いずれ生物学的に全部死ぬわけですけれども、その前からちょっとずつ死に始めている。そして、供養してくださる方がいる間は、「もう死んじゃったけど、まだ死にきっていない」という状態がしばらく続く。人間って、そういうものだと思うんです。生物学的な死のところにデジタルな生死の境界線があるわけじゃない。アナログにだんだん死んでいって、死にきっていない状態がしばらく続いて、ゆっくりフェイドアウトしていく。前13年、後13年合わせて26年くらいかけて人間は死んでいくのかなと...発表を聞きながらそう思いました。
その時に、「自分のお墓は誰が守ってくれるのか。誰が供養してくれるのか。心配だ」という人がいるなら、じゃあ、お墓作っちゃおうと思って、凱風館でお墓作ったんです。凱風館の門人で、子どがいない人、自分のあとを弔ってくれそうな人がいない人は、うちのお墓に入ってください、と。道場はこれからもずっと継続するはずですから、毎年ご供養してくれる人には事欠かない。これはいい考えだと思って早速友だちの釈徹宗先生のところにご相談に行って、実はこんなことを考えているのですけどとお話をしたら、なんと釈先生も同じことを考えていらした。
釈先生は池田市にある如来寺というお寺のご住職でもあるのですけれど、檀家さんたちの中には、独居で暮らしていて、もう跡取りがいないという人たちや、先祖伝来のお墓を守るだけの資力がないという人がいるそうです。そういう方たちを受け入れるために合同墓を作ろうと釈先生も考えていた。
そこで凱風館は「道縁廟」、如来寺は「法縁廟」という合同墓を作りました。如来寺の近くの山の上の、とても眺望の良いところに二つお墓を並べて建てました。そこで年に一度「お墓見」という行事をやっています。季節のよいときにみんなでお参りをして、釈先生がお経をあげて、法話をしてくださって、僕たちは焼香して、法要の後は、お墓の前にブルーシートを敷いて、座卓を並べて、シャンペンを飲んで、ご馳走を食べる。
今日、ここに来る前に、朝の8時半からお昼まで僕は合気道の稽古をしておりました。そしてここで図書館の人たちとお話をして、その後、今夜の7時からはオンラインで釈先生と「お盆の迎え方」というテーマで話をします。まったく朝から晩まで忙しいなあと思っていたんですけれど、ふっと「この三つはカテゴリー的には同じものだな」と思ったんです。
午前中にやっている武道と、午後にやっているこの図書館の話と、夜にやる宗教とお墓の話、死の話です。なるほど、僕は「この分野」の専門家だったのかと腑に落ちたんです。何の専門家かというと、「この世ならざるもの」との中をとりもつ仕事の専門家です。「この世ならざるもの」とのインターフェイスで、人はどうふるまうべきかということについての技術と知識の専門家であるということが分かった。
図書館にいる人たちは、自分たちが「この世ならざるもの」とのインターフェイスにいるなんて思っていないかもしれませんけれども、実はそうなんです。
さっきここに来る前に、控え室でもお話をしていたんですけれども、行政が図書館に対しては本当にひどいことをするって。とにかく潰しにかかってきている、と。「図書館なんかいらない。司書なんかいらない。」極端になると「本なんかいらない」というところまで反知性主義が進んでいる。
なんであの人たちは図書館をこんなに憎むんだろうと考えたんですけれど、当然理由がある。今の新自由主義的な政治家たちやビジネスマンたちが最も憎んでいるものは「この世ならざるもの」なんです。あの人たちは現世的な利益にしか興味がない。それだけが意味があるものだと信じている以上、「この世ならざるもの」などというものはあってはならないんです。
「道場」というのはもともと宗教用語です。修業をするところです。武道の修業の目的は、筋骨を強くしたり、動きを俊敏にすることではなくて、自分の体を「良導体」に作り上げてゆくことなんです。「良導体」というのは、どこにもこわばりや詰まりや緩みのない整った体のことです。その身体を通じて巨大な自然の力が発動する。自分の身体は力の淵源ではなくて、通り道なんです。だから、我執を去って、透明な心身を作り上げる。それが武道的な修業です。その点では、宗教とあまり変わらない。
宗教の場合、自分がどれだけ宗教的に成熟したかを自己評価をするのはなかなか難しいと思いますけれど、武道の場合は、それが外形的に分かる。細い小さな女の子が大の男をぶん投げてしまった後に、「あら、こんなことができるようになっちゃった」って自分で驚く。身体実感として自分の身体が「自然の巨大な力の通り道」としてどれくらい仕上がってきたか、わかる。それは別に筋肉が太くなったとか、技が巧みになった、動きが速くなったとかいうことではではないんです。自分を良導体に仕上げて、野生の、自然の巨大な力が発動するようにする。それが武道の修業です。というのは、現段階における僕の武道理解です。 そういうことを『武道論』に書いているわけですけれど、実感としてはその通りなんです。
もともと僕は何かの宗派に入っているわけではないんですが、宗教的な人間で、ずいぶん以前から「超越的なもの」、「この世ならざるもの」とのやりとりが人間にとっていちばん大事なことではないかと思っていたんです。
この「やりとり」については伝統的にマナーが決まっています。「この世ならざるもの」が境界線を越えて人間の世界の中に入ってきたときに、それをどう遇するかについては先人から伝えられた知恵がある。十分な距離をとり、「ちょっとすみませんけれども、あんまりご無体な事はしないでくださいね」とそっと押し戻して、ありがたく帰って頂く。あるいは、外からやってくるものが自分たちの世界に「善きもの」をもたらすように祈る。そう言うと、「何を言っているんだお前は」ってあきれる人もいるんですが、僕はそうだと思っています。