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内田樹さんの「安倍政権の総括」(その5) ☆ あさもりのりひこ No.1522

再び経済大国になる力はもうありませんし、政治大国として指南力を発揮できるほどのヴィジョンもない。「穏やかな中規模国家」として静かに暮らしてゆく未来をめざすというのが現在の国力を見る限りでは一番現実的な解だと思います。

 

 

2024年5月1日の内田樹さんの論考「安倍政権の総括」(その5)をご紹介する。

どおぞ。

 

 

―政治の世界だけでなく、より日常的な場面でも、白黒はっきりつけろという発想が広がっています。コロナ禍の中では特に、様々な分断が生じているように感じられます。

 

内田 敵か味方か、正義か悪かという単純な二項対立でしか政治を理解できないのは、市民的成熟度が低いことの証左だと思います。コロナでも、ワクチンを打つべきか、打たない方がいいのか、マスクはつけるべきか、外すべきかというようなのことが議論されていますけれど、そんなことは、本来科学的なマターであって、イデオロギーの問題じゃないし、まして人格の問題でもない。今までわかっているエビデンスに基づいて、科学者は暫定的な知見を示す。それなら「これくらいのことまでは分かっていますから、こんな感じでふるまってください」という大筋の合意形成くらいはできる。それなのに、感染症の専門家でない人たちが、自分でネットでかき集めてきた情報に基づいて、「こうあるべきだ」と断定する。これはまことに非科学的で幼児的な態度だと思います。予見不能のふるまいをするウイルスによる感染症なんですから、わからないことについては「わからないので、科学者の総意に従う」という節度を保つべきだと思います。

 

―日本の戦後教育の中で、そういった対話の訓練が十分なされてこなかったということでしょうか。

 

内田 学校ですべて教えるのは無理です。対話や合意形成の訓練は学校教育の手に余ることです。ひとりひとりが自分の社会経験を通じて、どうやって対話を成り立たせるか、どうやって合意を形成するか、試行錯誤を積み重ねていくしかありません。人に習ってすぐにできるようになるというものじゃない。大人たちが、実際に対話して、異論をすり合わせて、合意を創り出している実践の現場を見せて、そこで場数を踏むしかない。でも、今の日本社会では、そういう「民主的な組織」はほとんど見出し難いです。

 

―こうして見てみると、安倍・菅政権は今の日本の合わせ鏡のようなもので、変えていくのは至難の業のように思えます。

 

内田 そうだと思います。バブル崩壊から30年かけて、日本はほんとうに衰弱したと思います。経済の指標だけを見ても、世界の株式会社時価総額トップ30のうち30年前には日本企業は21社を占めていたのが現在ではゼロです。これから日本は急激な人口減・超高齢化の局面を迎えます。急落しつつある国力をV字回復させることはほぼ不可能だと思います。

 でも、日本にはまだ豊かな国民資源が残されています。温帯モンスーンの肥沃な土壌も、豊かな水源も、多様な動物相・植物相も、あるいは上下水道や交通網、ライフラインのような社会的インフラも、行政や医療や教育も、まだ十分に機能しています。観光資源でもエンターテインメントでもまだ国際競争力はある。この手持ちのリソースをていねいに使い延ばしてゆく。再び経済大国になる力はもうありませんし、政治大国として指南力を発揮できるほどのヴィジョンもない。「穏やかな中規模国家」として静かに暮らしてゆく未来をめざすというのが現在の国力を見る限りでは一番現実的な解だと思います。

 

―こうした社会変革は、現下の自民党政権では不可能なことなのでしょうか。

 

内田 いや、そんなことはないと思いますよ。失敗を認めればいいんですから。どうもこの30年ほど「ボタンの掛け違い」があったということを認めればいい。あらゆる組織は株式会社をモデルにして再編すべきだとしてきたことが日本の没落の原因だということに気がついて、「もうそれは止めよう」ということに自民党内の誰か言い出したら、僕はその人を支持しますよ。

 

 これからの日本は長期にわたる「後退戦」を余儀なくされます。人口はどんどん減っていくし、経済も停滞する。大切なのは、そういうときでも「愉快に過ごす」ということだと思います。そういうときだからこそ、快活である必要があるんです。暗い顔をしていたんじゃ知恵は出ません。後退戦で求められるのは、「いかに負け幅を小さくするか」「いかに被害を最小化するか」です。「どれだけ勝つか」、「どれだけ儲けるか」を考える時だったら知恵も出るけれど、「負け幅を小さくする」というような不景気な話じゃ知恵も出ないという人もいると思いますけれど、申し訳ないけれど、そういう人は「後退戦」には向きません。