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内田樹さんの「テキサス州は独立できるか」 ☆ あさもりのりひこ No.1544

独立したテキサス州は人口2900万人、GDP世界9位の「大国」である。カリフォルニア州が独立すると、こちらは人口3700万人、GDP世界5位である。果たして州の連邦離脱はあり得るのか。

 

 

2024年7月1日の内田樹さんの論考「テキサス州は独立できるか」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

バンコク在住の中高生を対象に定期的にオンラインで講義を始めてもう3年になる。日本の中高生よりも国際感覚が鋭いと感じることが多い。今回は「アメリカの分断」という文字列を見て何を想像するか、それを書いて欲しいと受講生たちに事前に伝えておいた。レポートをくれた15人の多くはバイデン・トランプの大統領選のことを書いていたが、中に二人「テキサス州の独立」に言及していた高校生がいた。これは面白いトピックだと思って、「テキサス独立は可能か?」という話題から授業を始めた(ほとんどそれだけで終わってしまった)。

 四月に公開されたアメリカ映画『Civil War』は連邦政府から19の州が離脱し、テキサスとカリフォルニアが同盟した西部勢力と政府軍による内戦をリアルに描いて大ヒット中とのこと。果たして州の連邦離脱は法理的に可能なのか。

 合衆国憲法には新州が連邦に加盟する場合の規定はあるが、離脱についての規定はない。州について禁止されているのは、既存の州内に新しい州を作ることと、複数の州が合併して新州を作ること、この二つだけである。だから、南部11州が1861年に連邦を離脱した時に、南部人たちは、連邦加盟時と同様、連邦からの脱盟も州議会の決議と州民投票で決定できるものと信じていた。

 でも、南北戦争の法的性格を問う「テキサス対ホワイト」裁判(1869年)で、チェイス連邦最高裁長官はテキサス州には連邦を離脱する権利があったかどうかをめぐる論争に「ない」という判決を下した。

 United Statesは「共通の起源」から生まれた一種の有機体であり、「相互の共感と共通の原理」で分かちがたく結びつけられている。だから、新州は連邦に加盟した時に「永続的な関係」を取り結んだのである。それは「契約以上の何かであり、最終的なものであった」。それゆえ、テキサスが連盟を離脱することは「革命によるか、あるいは諸州の同意による場合を除きありえない」とチェイスは判決文に記した。

 今のところ、これが州の独立についての最終的な法判断である。でも、常識的に考えて、この判決はいかにも無理筋だと思う。たしかに独立時の13州についてなら「共通の起源」を持ち、共感と親しみのうちに同盟関係を育んだということは確かである。でも、それから後に加盟した新州にはその条件は当てはまるまい。

 テキサスはもともとスペイン帝国領であり、メキシコがスペインから独立するとメキシコ領になり、開発を望むメキシコ政府はアメリカからの移民を受け入れたが、入植者たちは奴隷制を認めないメキシコ政府に不満を抱き、1836年に反乱を起こして一方的に独立を宣言した。もちろんメキシコ政府は独立など許すはずがない。その結果、入植者が立てこもったサンアントニオのアラモの砦の守備隊がメキシコ軍によって全滅させられるという事件が起きた。「アラモを忘れるな」と復讐心に燃えるテキサス独立軍がその後メキシコ軍を破って、テキサス共和国の独立を宣言し、1845年に28番目の州として連邦参加を認められた。このような成り立ちの州と独立13州の間に「共通の起源」があるというのは無理である。

 

 テキサス・ナショナリスト運動(TNM)は州内でいま活発に「連邦離脱」運動を展開している。独立したテキサス州は人口2900万人、GDP世界9位の「大国」である。カリフォルニア州が独立すると、こちらは人口3700万人、GDP世界5位である。果たして州の連邦離脱はあり得るのか。今はまだ「近未来SF」の中のエピソードだけれども、これが現実化する可能性はゼロではない。(『週刊金曜日』6月5日)