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内田樹さんの「希望のまち」 ☆ あさもりのりひこ No.1580

「善きもの」はそこにあるのではなく、何もなかったところに新たに生まれるのである。

 

 

2024年10月11日の内田樹さんの論考「希望のまち」をご紹介する。

どおぞ。

 

 

『週刊金曜日』の読者の方なら北九州でホームレスや困窮家庭の支援をしている抱樸という団体とその代表である奥田知志牧師の名前はご存じだと思う。

 抱樸がいま進めている「希望のまち」というプロジェクトがある。

 北九州市はかつて工藤会という暴力団があって、犯罪多発の「怖い街」だった。工藤会が解散させられ、事務所が解体されて更地になった。そこを抱樸が買い取って、支援を求めるあらゆる人たちに開かれた「希望のまち」を作るという野心的なプロジェクトを奥田牧師が立ち上げた。土地取得資金には篤志家たちからの寄付を求めた。すぐに土地取得のための借り入れを完済できるだけの寄付が集まった。続いて助成5億円と借入5億円と寄付3億円を原資に建物の計画が始まった。

 でも、ご存じの通り、コロナと戦争と円安で資材が高騰して、当初予算では作れなくなった。それでも見切り発車で来年初めには着工する。まだ1億円足りない。それをクラウドファンディングで集めることになった。そのための記者会見が先日あった。

 奥田さんの堂々たるプレゼンテーションのあとに、抱樸の活動について職員と支援を受けてきた人たちからの報告があり、最後に応援団を代表して村木厚子さんと辻愛沙子さんと私が応援の一言を述べた。

 抱樸のスローガンは「わたしがいる あなたがいる なんとかなる」である。私の世代の人ならすぐにわかると思うけれど、これはかつて植木等が歌った「銭のないやつは俺んとこへ来い 俺もないけど心配すんな 見ろよ青い空白い雲 そのうちなんとかなるだろう」という『黙って俺についてこい』(作詞:青島幸男)の思想そのままである。

 オレは銭があるから「銭のないやつ」を支援するわけではない。そこが慈善事業とは違う。オレにも銭はないのである。それでもなけなしの贈り物をする。すると不思議なことに、どこからともなくオレの手持ちをはるかに超える「贈り物」が届く。

 自分自身も貧しいのだけれども、贈与と支援のために最初に身銭を切る決意をした人の善意を嘉して「天」から法外な贈り物が届くのである。

「見ろよ青い空白い雲」という装飾的な一行に青島幸男は彼なりの信仰を託したのだと思う。

 私が奥田さんの企てを尊いと思うのは、それが「性善説」に基づくプロジェクトだからである。

 単なる「性善説」ではない。「人の本性は善であるはずだ」という奥田さんの確信によって、人のうちなる隠れた善性が覚醒し、呼吸し始めるという「動的性善説」なのである。

 自分が特別に善良な人間だとも、博愛的な人間だとも別に思っていなかった...という人たちのうちに眠っていた善性が奥田さんの言葉と実践によって賦活されるのである。それまでそこになかった(ように思えたもの)が存在し始める。だから「そのうちなんとなるだろう」なのである。「善きもの」はそこにあるのではなく、何もなかったところに新たに生まれるのである。

 今の日本には攻撃的で虚無的な言葉が溢れている。現実をろくでもないものと知りながら、その抜け穴を利用することがスマートだと思っている冷笑家と、みすぼらしい現実を前に悲憤慷慨することに疲れ果てた人たちの嘆息ばかりが目につく。その中にあって「動的性善説」に立つ抱樸の活動は異彩を放っている。

 

 時代を刷新するものはつねに「誰も予想していなかったところ」から「誰も予想していなかったかたち」をとって登場する。抱樸はその「新しいもの」だという予感が私にはする。(週刊金曜日9月4日)