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「いい親」というのは「子どもにとって都合のよい親」のことです。
2024年10月20日の内田樹さんの論考「今中高生に伝えたいこと。進路について」をご紹介する。
どおぞ。
「今、中高生に伝えたいこと。進路について」というお題を頂きました。
でも、進路について僕から皆さんに特に伝えたいことはないんです。「好きにすればいい」という一言でおしまいです。無責任に聴こえるかも知れませんが、「好きにする」のって結構大変なんですよ。
だって、みなさんが「これから好きに生きたい」と言って進路の希望を述べたら、たぶんおおかたの親御さんは「ダメ」と言うはずだからです。「世の中、そんなに甘くないぞ」とか「好きなことをして食っていけると思っているのか」とか「嫌なことを我慢するから給料がもらえるんだぞ」とか、いろいろ。
もちろん、そんな親のダメ出しに対してはびくともせずに「いいえ、好きにさせてもらいます」と好きにするのが正しい子どもの生き方です。これは僕が保証します。
でも、好きに生きたら必ず成功するというわけではありません(そんなはずがない)。好きに生きてもしばしば失敗します。でも、いいじゃないですか。自分で選んだことなんだから。誰のせいでもない。親が「こういう学校に行って、こういう職業に就け」と命じたのに従って、不本意ながらそういう進路をたどった末に「人生に失敗した」と思ったら、救いがありません。他人を恨んでも仕方がない。「オレの人生を返せ」なんて泣いて叫んでも誰も返してくれません。それなら、自分で好きな道を進んで、自分の無知と幼児性をあとから恥じる方が100倍もましです。
でも、繰り返し申し上げますけれど、好きなことをして生きてゆくのはたいへんです。にこにこ笑って「おお、そうか好きにしなさい。なあにお金のことは心配するな」といってくれるような鷹揚な親は世間にはあまりいませんから(僕はその例外的な一人でしたけれど)。ふつうの親は「ダメ」と言います。そこから親子の対立とか断絶とか家出とかそういうドラマティックな展開になるわけです。でも、どうしてそんな面倒なことをするんでしょうね。好きにさせてあげればいいのに。
とはいえ、「好きにしたらいいよ」と言うと多くの子どもは「ロックスターになりたい」とか「マンガ家になりたい」とか「モデルになりたい」とか、それはちょっと無理じゃないか的な願望を語るので、親御さんとしても簡単には首を縦に触れない事情があるんです。でも、これは心を鬼にして(というか仏にして)、そういう夢想を語る子どもに対しても「まあ、好きにしたらいいさ」と言ってあげるのが親心というものだと僕は思います(頷いてくださる親御さんは少ないとは思いますが)。
でも、自分の経験を踏まえて申し上げますけれど、子どもの進路について「まあ、好きにしたらいいよ」という宥和的対応をしておくと、それからあとの数十年にわたる親子関係はわりと穏やかで、友好的なものになります。ロックスターになれなかった子どもに向かって「ざまあみろ。だから言ったじゃないか」とせせら笑う親御さんよりは「そうか残念だったねえ。まあ、別の生き方もいろいろあるよ」と優しく慰めてくれる親御さんの方が子どもにとってはずっと「都合の良い親」ですからね。
これはさらに声を大にして申し上げますけれど、「いい親」というのは「子どもにとって都合のよい親」のことです。
いま「違う」と思った人はご自身の子ども時代を思い出してください。10代の頃切望していたのは「お金は出すが口は出さない親」だったでしょう。自分の親がそんな「都合のいい親」だったらどんなに幸せだろうと子どもの頃には思いませんでしたか。だったら、その子ども時代の願望を自分が親になった今実現してあげましょうよ。
たしかにそんな「都合のいい親」は子どもの成長を妨げるかも知れません。でも、大丈夫ですよ。好きに生きたって、子どもたちはやっぱりきちんと挫折したり、他の人たちに傷つけられたりして、いつの間にか人間的成長を遂げますから。親が「子どもを傷つける役」をわざわざ引き受ける必要ないです。
すみません。「今中高生に伝えたい進路の話」をするつもりが、「中高生の親御さんへのアドバイス」になってしまいました。でもいいですよね。この二つは同じ一つの出来事の裏表なんですから。(桐生タイムス10月11日)